ただでは死なん。

こんなタイトルですが社会に恨みはありません。

公務員試験に落ちました。

近況報告も兼ねて、久々の更新。

タイトルの通りです。公務員試験に落ちました。

以下詳細。

 
試験結果について

2018年度末辺りに公務員試験受験を決意し、東京から関西の実家へと戻り、試験勉強を行っていました。

受験先については、業務内容や勤務地などから、関西の「地方上級」に絞りました。

筆記試験は突破致しましたが、面接で敗戦…。

 

ぶっちゃけて言うと、筆記試験での出来具合と、受験した自治体の採用学歴(公式情報ではありませんが関係者から聞いた範囲)から考えると、私は受験生の中でも上位の方だったと思います。

既卒・無職が公務員試験に挑む上で、面接の鬼門となる「空白期間の説明」については、WEBエンジニアへの転身を目指して活動していた経験や、そこから実際に就職活動を行って内定を得たことなど、試験勉強以外にも説明することには困りませんでした。

面接自体にも特に苦手意識もなく、そもそも慣れてはいたので問題ではなかったと思います。

にもかかわらず面接で弾かれたとなると、資質という面で致命的な部分があり、「公務員として」「その自治体の職員として」、あるいは「社会人として」相応しくないと判断されてしまったのでしょう。

 

 今後も市役所などを受験すること自体は可能ですが、縁もゆかりもない自治体や機関で、やりたいこともなければ、職員として働くビジョンも描けません。

当然面接を突破する為の志望動機も浮かびません。

それを捏造して面接に赴くだけのスキルはありませんし、そこまでして公務員という身分を得たいのかというとそうではありませんでしたので、受験を終了することとしました。

 

こんなことを言うと、ニートの癖にまるで選ぶ側に立ったかのように偉そうなことを言ってんじゃねえぞ、と思われるかも知れませんが決してそんなつもりはないですからね!

「とりあえず公務員になる」道を選んでも、職場環境や仕事内容など諸々のミスマッチから、結局は前職での悲劇(半年で職場から離脱)を繰り返すことになるのが目に見えていました。

少なくとも、「ここで働きたい」と思えた自治体で、筆記試験をクリアして、面接で聞かれたことには真摯に答えて、その上で不採用となった訳なので、比較的悔いなく諦めることができたと思います。

 

今後について

もう(25)ですし、いつまでもニートを続けていられません。

幸いなことに家族との関係は良好なので、「やりたいことをやればいい」とニート自分探しを許されていますが、いつまでも子供部屋おじさんお兄さんも続けていられません。

「やりたいこと」を基準に仕事を探すのはもうやめます。もう特にないので…。

一旦は親族がやっている自営を手伝いつつ、自分でできることを増やして、親や親族と同様に自営の道を歩みたいと思います。

 

昨年末に東京から帰郷した頃は、正直「試験に落ちたら死ぬしかないな」とか考えてました。

自分の至らなさや将来の暗さに、文字通り死ぬほど悩む日々を送りました。

仕事をやり遂げられず逃げ出し、せっかく得た大卒の切符も活かせぬまま、かつての同級生は順調に成長していく様を目にし、なぜ自分は落ちぶれたのかと落ち込む日々。

なぜ自分だけが大人になれないのか。いつまでも幼稚なまま、何も成そうとせずに引きこもっているのか。

「公務員」という道を目指したのも、そうしたエリートコースのような、「立派さ」への憧れの名残があったからなのかもしれません。

が、現在はそういった悩ましさも薄れ、現実に対して何とか向き合えています。

このようなネガティブな本音も、弱音も、試験の失敗も、これまではずっと見栄を張ってひた隠しにしてきました。

今回、自分のカッコ悪さに向き合って、それを文章化して、包み隠さず公表することができたのは、人として少しはマシになれたのだと思います。

 

これからは ゼロから自分の人生を作って行かなければならない訳ですが、将来、自分に自信を持って、 熱心に打ち込める仕事に出会えたら幸いです。

そうなれるようにひたすら頑張ります。

 

P.S.

先日のAmazonプライムセールで梅雨対策に防水設計の革靴を購入しましたが、面接の予定が皆無となり一度も履かぬままお蔵入りしました。

泣きたいです。